村上春樹インドの列車

2021.03.05

3月5日の15時、花粉を避けて自宅で仕事をしていたのに、3分経つごとに一度くしゃみをしている。嗚呼、鼻がかゆい目がかゆい、とにかく最悪だ。毎朝、目が腫れているせいで、眠くないはずなのに眠い。 近々、神社に行くチャンスがあったら「3月をこの世から消してくれ。」絶対にこれを祈ると心に決めた。

16時、会社に呼び出されて品川の駅まで京急でやって来た。会社は泣いている人を平気で呼びつける。血も涙もないとはこのことなのです。 こそこそ、と自席に着き、さくさく、とパソコンを開き、A0の巨大な図面を出力する。

バカでかいプロッタは縦割主義で、「図面を描くだけが私の仕事です」と話しながら印刷した図面を吐き散らかすので、彼が一枚吐き出す度に僕が自席を離れ、図面を整えに行く。 彼に遊ばれる素敵な往復運動を5回ほど繰り返し、舌打ちした後に束ねた図面を打合せ相手の所へ持っていく。

21階の角部屋であーだこーだと話をしていて、気づくともう外は暗かった。 打ち合わせから無駄話になっていたやり取りを早々に切り上げ、自席に戻り、ささっと荷物をまとめ、会社を出た。

時刻は18時を過ぎた所で、品川駅に向かって歩きだす。 退社時間がラッシュアワーと重なってしまったのは悔しい。 人が動かない時間に動く、というのは天の邪鬼の自分の最も大事な行動条件なのに、今日はそれを守れなかった。 仕方がないので、ペデストリアンデッキの上をおっさん達と競歩で駅に向かう。

品川駅の手前は突然暗くなる。連なる街灯が途切れて広いホワイエのような空間が駅前にある。そこではいつも誰かが何かをしている。 よく見るのは移動式ホームレスの物らしき荷物(何故かホームレス本人はいつも不在)、 妙な講演会のチラシを挟んだティッシュ配り、ガムの新商品配り、栄養ドリンク配り、議員か似非議員、ボランティアを頑張る学生、新聞雑誌の露天商※特別天然記念物、等が居る。なかなか楽しげなホワイエでしょう?

今日は露天商らしきロン毛のおじいさんがいらっしゃったので、適度に距離を取りながら新幹線口に向かう。 駅に入った途端に白い室内灯に目を刺され、整然と列柱に取り付くモニターに心を焼き消されそうになる。 目と心を半開きにしながら早く新幹線に飛び乗るぞ、と意気込み、券売機ににじり寄る。

さて、きっぷ、新幹線のきっぷ。

ない、目的地へのきっぷがない。しかしそれも当然だ、僕はこれから仙台に行こうとしていたのだった。 品川始発は東海道新幹線だけ、「仙台は東北新幹線の管轄です」例の如くここでも券売機に遊ばれる。とにかくきっぷだけ買って、在来線のホームに向かった。

いつもなら東京駅まで本数の多い山手線を選ぶところだが、みんなに遊ばれて鬱憤が溜まっていたので、品川から東京の間の駅をかっ飛ばしてくれる上野東京ラインのホームに向かった。 次々と来る山手線と京浜東北線に遅れて上野東京ラインが悠々と到着した。「みんな追い越してやる」軽快に飛び乗った電車はゆっくりと出発した。

東京駅に到着した。結局、僕を置いて行った山手線と京浜東北線には追いつけなかった。気持ちを切り替えて、駅弁を探す。列車旅には駅弁とビールだ。 昨今、広まる感染症への不安から街に居るほぼすべての人がマスクをして歩くという、SFみたいな日常なのにもかかわらず、弁当売場は混雑していた。SFの世界でも列車旅に駅弁とビールは欠かせないですよね。

駅弁屋での争奪戦に無事勝利した僕は戦利品と共に颯爽と改札をすり抜ける。

新幹線のホームへ続く階段は在来線の階段と少し違う。手すりがキラッと光る大理石の石張りで、場違いな高級感も彼らなりに旅情を演出しているようで良い。

乗り場を探す、「自由席は6号車〜」という文字を見つけ、乗り場へと急ぐ。 東京駅の新幹線ホームは在来線より少し高い。通勤で家路へ向かうためにホームに並ぶ人々を見下ろすと、「きっと彼らはこれから遠くへ出かけようとしている自分を羨ましく思っている…」と勝手に思い込み、ちょっと澄まし顔で佇んで、横顔に旅情を醸し出したりしてみる。が、程なくして誰も自分を見ていないことを再度確認した。でもこれでいいのだ、だって人生の半分は空想ゲームでしょう?

ホーム横の壁にもたれて立っていると、隣にバックパックを背負った男子学生風の二人がフラフラとやってきて、自分のもたれかかる壁の隣りにあるドアを開けて中に入っていった。 こんなところにドアがあるとは、と驚きながら顔を向けると袖看板に「駅長室」と書いてある。まさか東京駅の駅長室の壁にもたれかかっているとは思わなかった。そして、彼らは駅長室へ何の御用か。チケットか道を間違えたか、はたまた何か企みがあっての訪問か。

今までの経験の中で、バックパックで長旅をする時というのは、その放浪者の衣装が僕の役者魂に火をつけるのか、所謂“そういう事”ばかりしていた。だから背中の壁の向こうでは彼らもきっと何かの“悪知恵”を実践しているはずだ、と純朴な若者と機械のような日本ではありそうもない事をまた空想してみた。

滑り込んできた流線型の物体に飲み込まれ、適当な窓側の席に着き、まずカシュッとやる。窓に映るビールとジャケット姿のありふれた男を見つめる。 どこから見ても、出張帰りの会社員だ。 でも、残念ながらこれは出張ではない。見聞を広げるための取材だが、身銭を切っての乗車です。

そしてよく考えてみれば、他人の金で新幹線に乗った経験は子供の時を除いて人生で一度もない。もちろん飛行機もない。 この時間に新幹線に乗る“ジャケット姿の男性”はほぼすべて出張だろう。 そしてその多くが会社持ちの経費で動いているのだろう。見た目は彼らと殆ど変わらないのに、中身はかなり違う人生を歩んでいる、それが自分という人間だったよな?と時々忘れちゃうけどやっぱり忘れないようにしている問いを窓に映る会社員風の男に投げかけておいた。

駅弁を食べ終わり、外を見るとだいぶ郊外に来ていた。ここは栃木の手前ぐらいだろうか、暗い平野に無意味な白い街灯が続いている。

夜の関東平野を眺めていると、昔のことを思い出した。

数年前の同じ季節に、今と同じようにインドの列車に乗っていた。

インドでは何度も長距離列車に乗ったけれど、最も長かったのが西の港湾都市であるムンバイから約1500km離れた内陸のバラナシというヒンドゥー教と仏教の聖地の街へ向かう寝台列車だった。1日半でバラナシに到着する予定が、なんやかんやとあり、3日かかった。3日間もの間、同じ列車に居続ける、という経験はもう当分ないだろう。そして3日間、列車に乗ってくる様々なインド人を観察し続けた。 元々、日本でも列車に乗ると必ず前の席に座る人の顔をこっそりとじっくり観察するという趣味を持っているので、その日々の鍛錬がインドでも役に立った。

向かい合った3人掛けベンチシートには左手に夫婦と幼い子ども一人、その向かいの席には大柄な男とその母らしき女性が座っていた。列車が小さな街々の駅に停まる度に車内は混雑と少しの余裕を何度も繰り返した。

よく見ると夫婦はまだ子どもだった。12、3歳だろうか。子どもたちが赤ちゃんを抱えていた。 それでも男性(男児というべきか)は女性と赤ちゃんを気に掛け、時々席を離れては食事や飲み物を買ってきた。女性は赤ちゃんをあやし、時々、物凄いエネルギーで泣き叫ぶ赤ちゃんに暖かい微笑みを惜しみなく注いでいた。 極稀に二人は喧嘩をする。喧嘩と言っても小競り合いの類で、そのお互いに慣れた、収束に向けたやり取りは彼らが夫婦であることを周囲に対して無意識に証明していた。

向かいに座る大男は30代から40代で、でんと窓際に腰掛けて以来、微動だにしない。 見上げると荷物棚に車椅子が上げてあったので、下半身が動かせないらしい。隣りにいる母らしき女性が面倒を見ていたようだった。 さらによく見るとシートの脇に小さなバケツがあり、母は時折それを手に取り、大男の股間に持っていく。大男が首を振るとバケツを戻したり、あるいは戻さなかったりしていた。おそらく用を足しているのだろう。

考えてみればインドの四等列車は車椅子利用者には過酷な環境だ。もちろん、長距離列車なのでトイレはあるにはあるのがだ、混雑する車内をくぐり抜けてそこへたどり着くのは僕でも不可能に近い。 そして仮にトイレへたどり着いたとしても、そこには便座も便器もない。人の肩幅程の径の穴の先に線路が見えるだけ。足腰に問題ない地元人でもそこそこのスリルを味わえる設えとなっている。 だから、その大男と母のやり取りを見ていて、納得する以外になかった。

そして、向いに座る夫婦と赤ちゃんはその前の親子の様子を嫌がるわけでも、見るわけでも見ないわけでもなかった。だから僕も彼らの真似をして、見るわけでも見ないわけでもなく、しっかりとその人間の風景を目に焼き付けておいた。

外は夜で、暗い平野が続く。窓にガラスはなく、鉄格子の隙間から吹き込む砂が目に入る。それでも生ぬるい風を浴びて外と人間を交互に見つめ続けた。

日本の新幹線では、そんな奇妙な人々が居たら弾かれてつまみ出されるだろうし、自分もインドの時とは違って嫌悪するだろうと思う。インドの列車でも先頭車両に乗ればそんな風景は排除されるし、一等は四等よりきっぷの値段は高いけど日本のそれに比べたら半分以下だ。金が無いわけでもなかった。それでも、その土地の極地のルールに入り込むこと、そしてその縛りの中で状況を判断していくことは、刺激的で面白いことだった。

村上春樹はレコードとTシャツのコレクターだそうで、世界中の街でお宝を探すらしい。でも、ルールが一つあり、それは1000円以上の物は絶対に買わない、ということだそうだ。

インドを四等列車で旅したら、村上春樹の気持ちはちょっとわかった気もした。面白がりたいなら自分をしっかり縛って、知らない世界に入ってみる。ウェットスーツと酸素ボンベで身体を縛って潜る潜水士だって同じだ。空想も、ルールも、無謀な挑戦もすべてゲームで、面白がるためだけに世界はある。